ねこのプロフィール

ねこのプロフィール
地域ねこのボス的存在だったゴンじい

ワシの名前はゴンじい

向う傷が残るゴンじい

地域のボスだった

ワシはたぶん2022年で16歳くらいだと思う。もちろん♂ねこじゃ。この家にやっかいになる前は近くの道祖神一帯を縄張りにして結構ハバを利かせていたんだ。

子分は5~6人いたかな。

俺の歳は、時々餌を持ってきてくれる近所のおばあちゃんの愚痴を聞かされていた時にわかったんだ。

人間だと80歳だって

「あんたとの付き合いも長いね~。かれこれ10年になるかね。
うちの嫁がねこ嫌いでなけりゃうちで飼ってもいいんだけど、うちの息子が嫁の言いなりなんだ。勘弁してくんな」

おばあちゃんに会う前は、あちこち放浪していた期間が3年ほどで、おばちゃんの家にきて3年だから合わせると16歳ということだ。人間の歳に換算すると80歳だな。

ねこの年齢は、わかりやすく換算表にしてあるので知りたい人は「ねこ豆知識」のねこ年齢(子ねこ・成ねこ・高齢ねこ)を見てね。

ねこの年齢換算表はここをクリックしてね。

深手を負ってヨレヨレ

ちょっと恥ずかしい話になるんだが、聞いてくれるかい。
2年ほど前のある日、俺の縄張りに茶トラの♂ねこが侵入して俺の子分の♀ねこに、ちょっかいを出してきんだ。

当然、許せるわけがない。
茶トラに戦いを挑み、くんずほぐれずなんとか撃退したがその時に右足に深手を負ってしまった。

2~3日は我慢していたんだけど、傷口が化膿してどうにもこうにも。
ヨレヨレになって歩いているところを、おばちゃんに助けられ病院に連れて行ってもらった。

至れり、尽くせり

3日ほど入院してやっと退院。おばちゃんちで療養。
でも、長年野良だったので先住ねこと接触しないようにケージに入れられて週1回通院を3回ほど。

血液検査に、ミミダニ、ノミの駆除、目やに、寄生虫の検査までしてもらって1か月後にケージから無事解放。
先住ねこもしょっちゅうケージの俺を見に来ていたんで、そんなにトラブルもなく受け入れてくれたと思っている。

飯の心配もないし、先住ねこも俺を立ててくれているし、冬はこたつに夏はクーラーにと至れり尽くせりってやつですね。

おばあちゃんも安心

あっ!そうそう。長い付き合いのあのおばあちゃん。
突然いなくなった俺を心配しているんじゃないかと気にしていたんだけど、おばちゃんが事情を話してくれたのでとても喜んでくれたらしい。
こんど会いに来るって言ってたそうだ。楽しみだな。

俺の名前の由来

名前は「ゴン」なんだ。
本当はゴンなんて名前は気に入らないんだけど、その意味が最近分かった。
これも、隣のねこ好きのおばちゃんと名前の由来について話しているのを小耳に挟んだんだ。

なんでも、俺が飯の催促やノミとりの催促、恥ずかしいが甘えるときに、おばちゃんの身体に頭をゴンゴンぶつけていたようだ。ワシは意識してないんだがね。
まあ、いいだろう。

ゴンじいの旅立ち

ゴンじいは、2023年9月19日。みんなの待つ天国へ旅立ちました。
今年で17歳(推定)になったゴンじいも後期高齢者でした。
厳しい外ねこ時代を経て我が家へ来てから4年間、充実した余生を過ごしてくれたと思います。

たくさんの癒しをありがとう!これからはゆっくり休んでね。

僕の名前はコマチ

僕は「コマチ」と言います

2016年10月ごろの生まれ

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思い出の段ボール

我が家では一番古株の僕は7歳の♂ねこで「コマチ」と呼ばれている。

7年ほど前だと思うんだけど、僕が母さんからはぐれてさまよっているところを小学生らしき姉弟と出会ったのが幸運だった。後から聞いたんだけど僕は生まれて3週間ぐらいだったそうだ。

その時のこと、今でもはっきり覚えてる。僕を見つけたお姉ちゃんが段ボール箱に入れて家に連れて行ってくれたんだ。お母さんらしき人の大きな声が聞こえた。かなり大きな声だった。

何を言っているかわからなかったけど怒っているのは確かだっだ。

箱の中から姉弟を見上げると、目に涙を溜めていた。なんだか僕も悲しかった。

それからしばらく箱が揺れたあと揺れが収まった。空が見えた。たぶん外だ。

地獄から天国へ

二人の話し声が聞こえてくる。
なんだか困っている感じだ。このまま置いて行かれちゃうのかな。

30分くらい経ったろうか、二人はまだそばにいる。

車の止まる音が聞こえた。

知らないおじちゃんとおばちゃんが覗いてる。

姉弟と何か話し込んでいたけど、しばらくして笑い声が聞こえた。

それから僕を入れた箱はおじさんに抱えられて、車の中に入れられた。
これはやばいかも!きっとさらわれるんだ。どこか遠くに捨てられるに違いない。

ドキドキしていたら、大きな手で僕を抱き上げてやわらかいクッションの上に降ろしてくれた。
外じゃないらしい。頭を撫でられ、体を触られ、よせ!よせ!って叫んでるのに、言えば言うほど触られる。

我慢していたらやっと止まった。それからミルクやらチャオチュールやらと出てきたので、遠慮せずにたらふく食べさせてもらった。

もしあの時、姉弟に出会っていなければ、きっと今頃地獄だったに違いない。でも今は天国だ。

ありがとう!

おじちゃんおばちゃんの話では、姉弟が草むらから子ねこの鳴き声が聞こえるので探してみたら、やせ細った僕がいたのを見つけて、段ボール箱に入れて家に連れ帰ったそうだ。

親に飼いたいとお願いしたのだけれど「ダメ!」と言われ、段ボール箱を道路端に置いて話し込んでいたんだって。

運よくそこに買い物帰りのおじちゃんおばちゃんが通りかかり、悲しそうな顔をした姉弟と足元の段ボール箱の中に僕が見えたんだって。

そこで、おじちゃんが車の窓を開けて声をかけたんだって。二人に事情を聴いて、それなら「うちで引き取ってあげるよ!」と言ってくれたんだ。姉弟はとっても笑顔になって大きな声で「ありがとう!」と言いながら僕の頭を何度も撫でてくれた。

あの時の名前も知らない姉弟にこちらこそ「ありがとう!」だ。

生まれかわり

もう一つ、この家に来るのに幸運が重なったんだ。

実は僕と出会うちょうど1週間前に10年以上一緒にいてくれた♀ねこ「マチコ」が旅立って悲しみに暮れていた時だったそうだ。

車から見えたのが旅立ったマチコに似た茶トラの子ねこだったんだって。つまり僕だ。

しかも、僕の毛並み柄が「マチコ」そっくりだったそうだ。

毛並みも柄も顔だちも「マチコ」そっくりな子ねこに、これはマチコの生まれ変わりに違いないと、おじちゃんおばちゃんは確信したんだって。

僕は男だぜ!

僕はれっきとした男(去勢はしたけど)なんだけど。
マチコの生まれ変わりということで小さいマチコ「コマチ」に決めたそうだ。

僕はもっと男らしい名前にしてほしいと今でも思っている。

ときどき「一文字」なんて呼ばれることがある。不思議だったんだけど、

なんでもほかのねこと違い正面を向いた僕の口元が、口をムット結んで一文字口になることから付けたあだ名だそうだ。僕の写真を見てもらうとわかるよ。

俺の名前はお兄ちゃん 改め「こんにゃく」

俺の名前はお兄ちゃん

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俺は、後で紹介する「チョコ」と兄妹で2017年秋に生まれた6歳。「お兄ちゃん」と呼ばれていた♂ねこだ。でも、2023年7月25日から「こんにゃく」に改名した。よろしく!

妹のチョコがいるので、お兄ちゃんと呼ばれていたけど、俺は抱っこが大好きで抱っこをされるときに、体の力を思い切り抜いてされるがママになるので、全身くにゃくにゃでかえって抱き辛いらしい。

でも、その恰好がとってもかわいらしいんだそうだ!まるで、こんにゃくを抱いているみたいということから「こんにゃく」にしようとなったらしいです。

4年前の春先、お隣の駐車場で見つかった生まれたばかりの5人の中の2人なんだ。

母親と一緒に5人とも保護されて3週間ほど一緒にケージに居たんだ。その後に健康診断・予防注射をしてもらい子ねこ全員保護ねこ施設に預けられて引き取り手を待っていたんだ。

その後、3人は譲渡会でそれぞれ新しい家族のもとへ引き取られたけど、俺と妹は、訳ありで施設に残ったというわけさ。

訳あり兄妹

訳あり兄妹と言うのは、妹の「チョコ」が超ビビリで施設に預けられてから片時も俺のそばから離れない超がつく怖がりの人見知りなんだ。

一度、妹は里親さんが見つかり体験譲渡されたのだけど、3日ほどで戻ってきたんだ。

なんでも妹は部屋の隅に固まったままで三日三晩泣き通しだったそうだ。

施設のお姉さんが言っていたんだけど、施設に戻ってからビビリがさらに強くなったようで俺の後を追いかけまわして、いつもくっついていたそうだ。俺は気にならなかったけどね。

おいおい仲良くね!

俺を引き取りたいと言ってくれた人は何人か居たようだが、施設の人が妹を切り離すのが忍びないということで、おばちゃんに相談の電話を入れてくれたようだ。

おばちゃんちにはすでに3人の先住ねこがいたんだけれど、迷った末に兄妹そろって引き取ってくれたんだ。

幸い先住ねこともうまくいっている。でも妹はおばちゃんには慣れたけど、おじちゃんにはまだ気を許せないみたいだ。おいおい仲良くなってくれると思う!

私の名前はチョコ

超ビビリな女の子チョコです

超ビビリなわたし

わたしも2017年秋に生まれの6歳の♀ねこで「お兄ちゃん」の妹で「チョコ」と言います。

保護ねこカフェに居る時からお兄ちゃんのそばを片時も離れないため、兄妹で引き取ることを条件にしてもらったのに。

私を気に入った人がいたので体験譲渡に出されてしまったんです。

お兄ちゃんがいなかったので寂しくて寂しくて、結局新しい飼い主にもなじめなかったので戻されたのです。

ちなみにわたしの名前の由来は、おばちゃんちに引き取られてからもしばらくチョコチョコと物陰や部屋の隅を伝いながら歩くのでこの名前にされたようです。

兄妹でおばちゃんちに

後でお兄ちゃんに聞いたのですが、お兄ちゃんを飼いたいという人は何人かいたらしいのですが、私と一緒にという条件を出すと決まらなかったそうです。

その後も何回か希望者はいたそうですが、条件を伝えると…。断られてしまったんです。

保護ねこカフェのお姉さんたちが心配して、おばちゃんに相談してくれて、めでたく兄妹でおばちゃんちに引き取られることになったんです。

別名「ギャル曽根」

おばちゃんとは気が合うし気を許せるんですが、おじちゃんはまだ怖いというか、なかなか気を許せません。

おじちやんとは、いつも手が届くか届かないかのぎりぎりの範囲で接してます。

でも、おやつはおじちゃんの手からでも食べます。

食べることが大好きで先住ねこの食事をかすめ取ったり、もっとうまいものを食べさせろとおばちゃんに要求したりするので別名「ギャル曽根」と呼ばれてます。

私の名前はセンム

私は「センム」と言います

いじめられっ子

私は2015年春に生まれの8歳になる♀ねこです。ちょっと目つきがきついかな。

長年地域ねことして生活していたお母ちゃんねこの子供から生まれた孫ねこです。

生まれてすぐにおばあちゃん、その後お母ちゃんねこも旅立って、一緒に生まれた兄妹もしばらくしていなくなり一人ぽっちになってしまったんです。

ほかのねこ達の世話を受けながら生活していましたが、新入りで意地悪♂ねこにいじめられることが多くなり、食事の差し入れもみんなと一緒に食べられずにいつもお腹をすかしていました。

チャオチュール

そんなある日、近くの公園で日向ぼっこをしているとき偶然おばちゃんに出会ったんです。

意地悪ねこのことを話すつもりで、おばちゃんを追いかけて家までついていきました。

そんな私に気が付いて、おばちゃんが大好きなチャオチュールを一本くれました。

その日からいつもの場所でなく、おばちゃんちに通って意地悪ねこを気にせずに、ゆっくりご飯を食べさせてもらえるようになりました。

おしかけねこ

それからというもの、意地悪ねこに追いかけられる心配もなくなりました。

おばちゃんの家の庭先で日向ぼっこや夕涼み、おばちゃんがお出かけするときにはいつも玄関までお見送りします。

時々家の中まで入るようになって、先住ねこと遊ぶようになったので根負けしたおばちゃんが、家ねこにしてくれました。

病院にもちゃんと連れて行ってもらったよ。

私の名前はセンム?

地域ねこのお母ちゃんから生まれた私にはおにいちゃんがいました。

子どものころから体がでっぷり、おっとりしていたのでお兄ちゃんのあだ名が「社長」って呼ばれてました。「社長」の妹だから「専務」になったようです。

仲良しだったお兄ちゃんも去年の春先に居なくなってしまいましたが、私の名前だけはそのまま「専務」です。

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